カンナビス様から頂きました!
私のしょうもないブログの戯言からこんな素敵な作品が出来上がるとは思いませんでしたよ!




スズの塔


 父親がエンジュに行こうと誘ってきた時、正直いってハヤトはあまり気が進まなかった。

コガネやヒワダには、ピジョンに乗ってよく遊びに行っていたが、エンジュはどこか謎めいた、

よそものを受けつけないような空気が苦手で、あまり近寄れずにいる。しかし、キキョウジムの跡取りが

本決まりになったハヤトは、今後の付き合いもあるのだからと父親に半ば諭されるような形で、

結局エンジュに行く羽目になった。

 父親…ハヤテに連れられて降り立ったエンジュシティは賑わっており、人々も穏やかな笑顔で、

思ったよりも親しみやすい雰囲気の街だった。何よりエンジュシティの建物が、キキョウシティの

それに似ていたことで、ハヤトがエンジュに抱いていた苦手意識は、ほんの少しだけ解消された。

「どうだ、ハヤト。悪くない街だろう?」

 ハヤテに言われ、ハヤトは素直に頷く。

「まあでも、エンジュジムリーダーはちょっと取っ付きにくいかもしれないな」

「え?」

「なんせ、父さんでもちょっと苦手な人だからな」

 目を丸くするハヤトに、ハヤテはハハハと笑った。

「まあ、取って食われるわけじゃないんだから、心配しなくても良いんだが…」

 そう言ってパイプを口にあてた父親に、ハヤトは2度びっくり。父親がそうする時は、大体が

よほど緊張しているか、気のすすまない時だからだ。父親の手元をじいっと見つめる

 ハヤトの眼差しで、父親は気付いたのだろう。柔らかく笑った。

「父さんも気が進まないのに何で?って思ってるんだろう。けどな、これはジムリーダーとしての

仕事の為だから、やらないといけないことなんだよ」

 少し考えて、ハヤトは尋ねた。

「他の人に代わりに行ってもらうのはダメだったの?」

 素朴な問いに、父親はまたハハハ、と爽やかに笑う。

「確かにそうだな。だが、父さんが行かないと分からないことだってある。それに、もし他の人に

頼めたとしても、他の人からじゃなく父さんが直接話すことで、人付き合いがうまく行ったり

するんだよ。まあ…」

 ハヤテは幼い息子の頭をぽんと1つ叩いて続けた。

「ハヤトもリーダーになれば分かる。さて、行くか」

 ハヤテは潔くパイプを胸ポケットにしまい込むと、ハヤトの手を握った。

 数分後、2人はエンジュジムの前にいた。

 荘重な門、その奥には閉ざされた玄関。人っ子一人見えず、庭も静まりかえっている。

いつでも挑戦者や弟子入り志望者を迎えられるように扉を開け放ち、庭も鳥ポケモンたちで

賑やかなキキョウジムとは対照的だ。異様な雰囲気に、ハヤトは改めてごくりと喉を鳴らした。

一体…どんな人たちがここで修行しているのだろうか。

 ハヤテが呼び鈴を鳴らすと、音もなく玄関が開いた。仏頂面をした青年が現れ、2人に一礼する。

「お待ちしておりました、キキョウジムリーダー、ハヤテ様。こちらは…」

 ちらりとハヤトの方を向いた青年に、ハヤテはああ、と頷く。

「息子です、ハヤトと言います。今後ともよろしくしてやってください」

「ご子息様でしたか。失礼いたしました。色々伺っております。ハヤテ様とは1字違いなのですね。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」

 多分、それは青年なりの親しみを込めた挨拶だったのだろうが、にこりともせずに

すらすらと言われたせいで、ハヤトはただただ戸惑うばかりだった。ぎこちなく父親の後につき、

普段教わっている通り草履を揃え、玄関を上がる。青年に通された先は、広いバトルフィールドだった。

トレーナー達が何人も修行している。フィールドの規格はセキエイルールで厳密に定められている為、

どこのジムでも同じなのは当たり前といえば当たり前だ。それでもあの古風な外見の建物の中に、

近代的なバトルフィールドが用意されているのが、ハヤトには不思議に見えた。さらにハヤトの

興味を引いたのは、真正面に立ち、トレーナー達を見つめている小柄な女性だった。

ふうわりと波うつ銀髪、まっすぐで強い意志を帯びた眼差し、そして全身に漲る緊張感。

青年が女性に向かって一礼すると、女性は眉1つ動かさずに頷く。そしてすっと一息。

「やめ!」

 それはただ一言だったが、フィールド全体によくとおる声で、一瞬にしてトレーナー全員が

ぴたりと動きを止めた。

「お客人が来られた。今日はこれにて解散…」

「あ、ちょ、ちょっとすみません」

 ハヤテが慌てて駆け寄り、女性に声をかける。

「すみません、今日は息子を連れて来ていまして…」

 女性は「ん?」とハヤテの方に顔を向け、それからその視線がハヤトの方に向けられる。

まるでロックオンされたような気がしてびくりとしたハヤトに、女性のそれまでの凛々しい表情が

「おや」と少し揺らいだ。ハヤテが続ける。

「こいつもポケモンをやりますし、ゆくゆくはジムリーダーをと思っておりますので、よければ

皆さんのトレーニング風景を見学させてやりたいんですが…」

 女性はふむと一瞬考えると、再び全体に号令をかける。

「キキョウからお客様だ。ご挨拶しなさい」

 トレーナーたちはぴたりとハヤテ親子に向き直り、揃って一礼する。

「それと、誰か息子さんのお相手をしなさい…そうだね、ミナキがいいか…歳も近いようだし、

お前なら相手としても不足なかろう」

 すると、トレーナーの中で少しだけ背の高い少年が「はい」と応じ、にこやかに2人の元へやって来る。

「初めまして、私はエンジュジムで修行中のミナキと言います。よろしくお願いします

」 まずはハヤテにそう言って挨拶を交わしてから、ハヤトに手を差し出す。

「初めまして、ミナキです。よろしく」

 明るい笑顔を持つ、ミナキという少年にハヤトは親しみを感じた。

「よろしく、ハヤトです」

 ハヤトとミナキが握手したのを確認したハヤテと女性が同時に頷いた。

「ではミナキ、よろしく頼んだよ。簡単な打ち合わせだから、1時間ほどで終わると思う」

「ハヤト、しっかり遊んでもらえよ」

 ミナキとハヤトは声を揃えて「はい」と返事をする。去り際に女性の「リーダー選考…」という言葉が

ハヤトの耳に届いたが、それが何を意味するのかまでは分からなかった。

 ミナキはつい最近ジムに入ったばかりらしいが、とてもそうとは思えない位にポケモン使いに

長けていた。メインはゴーストタイプ。何回かのバトルで2人はあっというまに意気投合。

父親と女性が打ち合わせを終えて戻って来る頃にはすっかり友達になっていた。

 ハヤトが来た時は厳しい顔つきだった女性も、仲良くなった2人に驚いたらしい。少しだけ

表情を和らげて、ハヤトに「よかったら、また遊びに来るといい。しばらくは、まだ

落ち着いているからね」と声をかけてくれた。


「少しエンジュが好きになったよ」

 ピジョットの背中に乗った帰り道でハヤトがそう言って胸を張ると、父親は「そうか」と目を細めた。

「友達が増えるってのは良いもんだ。また遊びに行くか。キクコさんも『またおいで』と言って

くださったことだしな」

「キクコさん?」

 ハヤトは手綱をしっかり握りしめたまま、首だけ父親の方に向ける。

「ああ、ほら、父さんが話してた女の人だよ。エンジュのジムリーダーで、めちゃくちゃに強い。

今は色々頭がいっぱいらしいから、ハヤトと挨拶するのを忘れたんだな。あの人はそういう人だから」

「それって、良いの?」

 挨拶を忘れるなんて、いくら自分みたいな子供相手でも…とハヤトはちょっとだけ不満に思ったが、

父親は苦笑しただけだった。

「まあ、確かに良くはないが…天才肌ってやつかな。ハヤトももしかしたら、そういうタイプと

知り合うかもしれないぞ。そら、前を向いてろ」

 まだ幼いハヤトはただ、ふうん、と父親の言うことを聞いているだけだった。

 

 それから、ハヤトはしょっちゅうエンジュへ遊びに行くようになった。ミナキが「出来るなら

毎日でもおいでよ」と言ってくれたからだった。ある日、ハヤトはふとジムだけではなく、たまには

エンジュの他の場所も散歩しようと思い付いた。

 キキョウに良く似た街並みは、散歩していても楽しい。しかし、細かく観察してみるとやはり

キキョウとエンジュは少し違っていた。着物にだらり帯の女の人はキキョウにはいないし、

よく耳をすませると喋っている言葉も何だかキキョウのそれよりもおっとりした雰囲気のものだ。

上品、というやつだろうか。初めて見る新しいものに気を惹かれ、あちこちきょろきょろしながら

歩き回っていると、だんだん往来の人たちが減ってきていることに気付いた。いつの間にか街の外れに

向かっているらしい。にぎやかな街中とは違った空気に、浮ついた気分が少し醒める。と、その時、

ハヤトの目に見慣れたものが飛び込んできた。五重の塔。

「あれ……」

 キキョウにはマダツボミの塔があるが、エンジュにも似たようなものがあったとは知らなかった。

マダツボミの塔では僧侶が何人か修行している。ここにもそんな人がいるのだろうか…興味をそそられて、

ハヤトは小走りに近づく。

 しかし、塔に人気はなかった。マダツボミの塔とは違い、ぞっとするほどの静けさに満ちている。

不気味だと思いながら石段を登り始めた。上がりきった所に立て看板があり、その隣でぽっかりと

玄関が口をあけていた。立て看板には「スズの塔」とある。そうっと辺りを見回すが、誰もいない。

ちょっと覗いてみようか……いたずら心が頭をもたげ、ハヤトは抜き足差し足で塔に忍び込んだ。

まだお昼を回ったばかりだというのに中は薄暗い。

 一体何のための塔なのだろう。見学の為の塔でもなさそうだし、修行の場所でもなさそうだ。

つらつら考えながら歩いていると、視界の隅で何かがきらりと反射した。ハヤトは吸い寄せられるように、

そちらに近づく。それは銅板のレリーフだった。鳥ポケモンが描き出されている。

大きく広げられた羽、華やかな頭飾り、キッとこちらを睨みすえる目。鳥ポケモンを使うハヤトだが、

このポケモンは見たことがない。しかし美しい彫像は、勇ましく大空に羽ばたく壮麗な鳳を

一瞬で想像させ、ハヤトの心をわしづかみにした。

 と、その時、背後でゴトリと物音がした。振り返ったハヤトの頬を何かがかする。反射的に

ハヤトはモンスターボールに手をかけた。「ピジョン!!」

 ピジョンを従え、ハヤトはあたりを窺う。こっちはこっそり入り込んでいる立場だから、迂闊に

ピジョンに技を出させるわけにも行かない。と、どこからともなく水色の閃光が放たれ、

ピジョンを直撃した。ピジョンは昏倒する。

「え?!」

 たった一撃で戦闘不能になってしまったピジョンに、ハヤトは凍りついた。このピジョンは

ずっと一緒にいたポケモンで、1番頼りにしていた大将。

「お、お前が倒れちゃったら…」

 慌ててピジョンをボールに戻し、オニドリルを繰り出す。その時、混乱するハヤトを

あざ笑うかのような、濁った哄笑が響いた。その声にハヤトは聞き覚えがあった。

「これ、ゴーストポケモン……?」

 ミナキと何回か対戦したことがあったし、マダツボミの塔にも生息していることから、ハヤトは

ほんの少しだけゴーストポケモンを知っていた。そして同時に、今ピジョンが倒されたことで、

ここのゴーストたちがかなりハイレベルな存在であることにも気付いた。

「まずい、逃げなきゃ」

 そう呟いたのと、ハヤトの周りで一気に火の手が上がったのは同時だった。

「うわ!」

 今の今まで火の気はなかったのに?! 本当にまずい、水タイプのわざを使えるポケモンは手持ちにいない。

しかも、鳥ポケモンに乗って逃げようにもここは狭すぎる。予想外な事態の連続にハヤトがパニックに

なりかけたその刹那。

「ナイトヘッド!!」

 少し高く、しかし芯のある声がかすかに聞こえたかと思うと、黒い光線がハヤトの横を通り抜け、

宙を貫いた。その一瞬でぴたりと火の手は止み、あたりには静けさが戻る。

 さく、さく、と足音が響く。数歩分の音が聞こえた所で、ぴたりと止んだ。

「誰?」

 澄んだ声。ハヤトが立ちすくんでいると、声は続けた。

「誰? 答えろ。さもないと不審者と判断して排除する」

 物騒な言葉が出てきたので、ハヤトは慌てて答えた。

「お、俺、キキョウシティのハヤト。ごめん、悪気はなかったんだ。ただ、うちの街にある塔と

よく似てたから、つい興味がわいて……」

「ハヤト…?」

 再びさく、さく、という足音が聞こえる。と、少年が姿を現わした。金髪で色は白く、整った顔立ち。

薄い唇、険のある眼差し。少年はじいっとハヤトを見つめる。どこかキクコに似た強い視線に射られて、

ハヤトは口ごもった。

「ごめん、ほんとに、あの…、あの、ごめん」

 しゅんとするハヤトに少年は何かを呟いた。

「…ってないの?」

「え?」

「ポケモン、持ってないの?」

「持ってるけど…」

 ハヤトの答えを聞いて、少年は溜息をついた。

「ここのゴーストたちは悪戯好きだから、ぼーっとしてるとからかわれるよ」

「うっ」

 初対面の少年に嫌なところをつかれてたじろいだが、それでもハヤトは言い返す。

「い、一応これでも、キキョウジムの跡取り候補に指名されてるんだぞ」

 しかし少年は動じない。「それで?」とその目が言っている。あまりにバカにされたように思えて

頭に血が上ったハヤトは、つい勢い余って叫んでしまった。

「し、勝負しろ!」

「え?」

 少年は戸惑った様子を見せながら、「い、いいけど…」と応じた。しかし、それはほんの一瞬。

すぐに少年は表情を変えた。

「行け、ゴースト!」

その変貌ぶりに呑まれてしまい、ハヤトは遅れをとる。しかし、それでもハヤトは、ミナキとの

バトルで得たゴースト対策を即座に思い出した。

「い、行け、エアームド」

「鋼タイプか…珍しいポケモンだね。面白いや」

「いけ、つばさで撃つんだ!」

目の前のゴーストにぶつけた渾身の一撃は、――空を切った。

「えっ?」

困惑するエアームドの目の前に再びゴーストが現れる。エアームドとハヤトの隙を衝いて、少年が

すかさず指示を飛ばす。

「ナイトヘッド!」

鋼タイプも持つエアームドなら、まだゴーストタイプにある程度対応出来る。エアームドは見事、

ゴーストの強烈な一撃を耐え切った。少年の顔が少し曇る。

「やっぱり鋼タイプにはまだ通用しないか…」

それでもこの少年のゴーストの強さはミナキのそれより圧倒的に上だと察したハヤトは少年の

次の一言で、さらに驚いた。少年は元の表情にさっと戻り、こう言い放った。

「戻れゴースト、行け、ゲンガー!」

 姿を見せたゲンガーに、ハヤトは目を見張った。大きな身体、自信にあふれた眼差し、隙のない構え。

先刻見たゴーストの攻撃から、ハヤトはこのゲンガーの戦闘能力をも類推し、そしてこの勝負に

勝ち目のないことを悟った。しかしハヤトの反応にお構いなく、容赦なく少年は仕掛けてくる。

「ゲンガー、シャドーボール!」

「タンマ、待って、待って、俺の負けだから棄権するからちょ、ちょっ、タンマ」

 少年とハヤトの声はほぼ同時だったが、ハヤトの叫びに少年がはっとした表情を見せて

大きく腕を振りかぶった。

「ゲンガー、はずせ!!」

 少年の切り替えもさることながら、そのご主人さまへのゲンガーの反応もまた素晴らしいものだった。

ゲンガーは表情こそ変えなかったものの、ほんの少しだけ手を振り下ろす位置を変え、エアームドへの

命中を避けた。シャドーボールはハヤトとエアームドから少し離れた位置の床に当たり、大穴をあけた。

土煙が立ち、2人ともしばし立ち尽くす。ハヤトは『シャドーボール』という技の凄まじい威力に

固唾をのみ、少年は険しい顔のまま、エアームドを見つめる。数秒後、その顔から険しさが取れ、

少し安心したような表情になった。それから、左手を頭に当てて何かを考え込む仕草を見せる。

その目が閉じ、しばらくしてまた開く。少年の意図が分からないハヤトは黙っていることしか出来ない。

今のバトルで興奮したのか、いや、それよりもひどく当惑しているようにも見える。当惑……しかし、

一体何に? また少し時間がたち、少年はぽつりと呟いた。

「そうだ、これ、まだ選考試合じゃないんだ」

 センコウジアイ……選考試合? 一体何のだろう? ハヤトにとって「選考試合」の意味する所は

ただ1つだが、まさか、この少年にとってもそうだというのだろうか。いや、どうしてもそうとは

思えない。なぜなら……。

 この少年は、強すぎる。

 自分とほぼ同じくらいの歳で、これほどの実力を持つ少年ならば、とっくの昔にエンジュジムの

1番弟子として、エンジュジムの跡取り候補として指名されていてもおかしくない……というより、

指名されていて当然だとしか思えない。それが、なぜあのエンジュジムではなく、こんな薄暗い所で

たった1人でいるのか。そこまで思いあたって少年を見ると、そう、改めて見ると、少年の存在は

ひどく謎めいていた。

 また、沈黙が流れる。と不意に少年が顔を上げ、ハヤトに視線を合わせた。しかし、その表情は

さっきまでと比べるとどこか気が抜けている。

「ごめん、ちょっと考え込んでしまって……。あ、でも、君のエアームドに当たらなくて良かった」

 ハヤトは、相手のポケモンを気遣う言葉にびっくりした。

「ごめん、今ちょっと混乱してて……」

 自分で言う以上に少年がパニック状態のようになっているのは見れば分かる。だから、ハヤトは

言葉が思いつかない。ところが、続いて少年の口から出てきたのは脈絡がないとすら思える一言だった。

「……ミナキと戦った?」

「え?」

「エンジュジムでミナキと戦ったんじゃないの?」

「あ、うん、戦ったよ。どうして分かったの?」

まさかこの少年の口からまで、その名を聞くとは思わなかった。やはり、ミナキは相当有名らしい。

それを聞いた少年は1つ頷いて、答えた。

「最初出してきたのがエアームドだったから。さっき、ゴーストを見てあんなにパニックを

起こしてた人が出してくるポケモンとは思えない。多分、いきなり遭ったのに戸惑っただけで

対戦経験はあるんだなと思ったのと、エアームドも君も、ゴースト相手のバトルはなんだか

慣れてるみたいだったから」

 自分の心を見透かされたようで、ハヤトは驚いた。

「それに、キキョウジムの跡取りだって、さっき自分で言ったよね?」

 ハヤトはこっくり頷く。少年は口元に手をあて、まるで暗誦するように続けた。

「ゴースト系のポケモンが生息するエリアはかなり限られてる。キキョウシティのマダツボミの塔、

それに、ここエンジュ、その付近。あとカントーのシオンタウン。でも、さっきの慌てぶりからして、

マダツボミの塔でゴーストと対戦していたとは思えないし、カントーは遠すぎる。キキョウジムの

挑戦者で、ゴーストを使う人がいたのかもしれないけど、でもそれもありえない。キキョウジムは

トレーナーたちが初めて挑戦するジムだから、リーダーのハヤテさんは確かそういう人たちに配慮して、

ポッポ系統やオニスズメ系統しか使われないと聞いてる。彼らはノーマルタイプでもあるから、

ゴーストタイプは相性が良くないんだ。だから、君がゴーストの使い手と何回か戦ったとすれば、

ここ、エンジュしかない。そして僕の知る限り、鳥使いとしての君と互角の実力を持つゴースト使いは、

エンジュにはミナキしかいない」

 ハヤトはぽかんとした。今の、ほんの僅かな時間の会話とバトルだけで、相手のことをここまで

看破出来るものなのか。いや、何よりも驚異的なのは、目の前にいるのが熟達した老練な

トレーナーなどではなく、さほど自分と歳の変わらないように見える少年ということだ。

「ね、ねぇ、君は、何者なの?」

「僕? 僕は……」

 少年は眼をふせ、その表情が少し翳る。それまで堂々としていた声に、初めて震えが混ざったのに

ハヤトは気付いた。

「僕は、……ただここで修行してるゴースト使いだよ」

「名前は?」

「……今度会うことがあったら、教えるよ」

「今、教えてくれてもいいじゃん」

「……ごめん、出来ないんだ」

「ちぇっ。ケチンボだね、君って」

 ハヤトはほんの少しだけ口を尖らせるが、しかしそこは大らかなハヤテの息子。すぐに笑顔になる。

「でも、次会ったら、意外とすぐに分かりそうだね」

 その言葉に、少年がうつむいていた顔を上げた。

「どうして?」

「だって、金髪だし、顔が綺麗だもん。その気になればすぐ見つかりそうだ」

 屈託なくハヤトが喋り、少年は苦笑した。

「綺麗って……そういう時に使って良い言葉なの?」

「さあ、でも、俺はそう思ったからそれで良いんじゃないのかな」

「そういうものなのかな」

「うん、それでいいと思うよ」

「じゃあ、それで納得することにしよう」

「うん。っていうか、ごめんね、君の修行の邪魔しちゃって」

 ハヤトのお詫びを聞いて、少年はそっと笑った。

「いや、誰かと話したのは久しぶりだったから、丁度良かったよ。それに……」

「それに?」

「あ、なんでもない。とりあえず、大丈夫ってこと」

「そう?」

 少年は頷くと、どこかぎこちない仕草で手を差し出した。ハヤトは意味が分からず、自分も手を

差し出してみる。と、その手が少年に握られる。

「『良いバトルをした相手とは、こうするもんだ』って、前会った人に教えてもらったんだけど……

合ってるのかな」

 ああ、握手のことか。同じことを父親から教わっていたハヤトは力強く握り返した。

「うん! 合ってるよ!」

 その時の少年の笑顔で初めて心が通った気がして、ハヤトはほっとした。

「じゃあ、ホントにお邪魔してごめんね。えーっと…」

 帰り道を探してきょろきょろするハヤトに、少年は優しい溜息をついた。

「入り口まで送るよ。ここって、慣れない人には迷路らしいから」

「あ、ごめん。なんか俺、最後まで迷惑かけてるね」

「ううん。さっきのバトルは貴重だったから」

「貴重?」

「うん」

 最後までどこか意味深長な言葉を残したまま、2人は外へと出た。もう日も傾き始め、随分いい時間に

なっていたので、そのまま帰ろうとハヤトはまだ体力を残していたオニドリルを繰り出し、ひらりと

その背にまたがる。その一連の滑らかな仕草を見た少年の顔に、ほんの少し賞賛の色が浮かんだのに

ハヤトは気付かなかった。明るい表情でその場を離れるハヤトを、少年が穏やかな笑顔で見送る。

 ハヤトの姿が空の彼方に消え、振っていた手が下がると同時に、少年の表情が元の冷たいものに戻る。

少年は夕焼け色に染まり始めた空に、さっきのエアームド戦を見ていた。ハヤトを分析した時のように、

冷静に、1つ1つのエアームドの動き、自分とゴーストとのコンビネーションを反復する。少年は、

ミナキとのバトルでゴーストとの対戦経験を積んだと言ったハヤトの体勢とエアームドの動きから、

ミナキの動きを逆算していた。

「よし」

 しばらくして少年はただ一言、そう呟いた。おそらくゴースト対策にはそう苦労しないだろう。

問題はゲンガーだ。いや、多分向こうも同じことを考えているに違いない。だが、それは『これから

どれだけ修行を積めるか』だけにかかっているのだから、今悩むことではないだろう。覚悟を決めた

少年の胸に、もう1つの思いがよぎる。

 あの鳥使いの少年……ハヤトは名乗ってくれた。だが自分は名乗れない。

 彼はキキョウジムの跡取りだが、自分はそうではないからだ。これは、あまりに些細に過ぎる

こだわりなのかもしれない。しかし、1つのジムの跡取りが決まっている者に名乗ることは、

ジムリーダー選考試合を控えた今の少年には出来なかった。

 いつか、きちんと名乗りたい。少年がタンバジムにいた時に知り合ったトレーナー、トウキに似た、

明るい笑顔を持つあの鳥使いに。

 その為には、選考試合に勝つしかない。少年はもう1度空を見上げ、スズの塔へと戻っていった。

 

 エンジュジムリーダー選考試合まで、後、2週間。





*****

ハヤトかわえええええ!!


内容はカンナビス様の創作小説と繋がっています。
興味のある方はぜひ
こちらへ

小説を拝読した後、
「マツバさんが大切なスズの塔をぶっ壊してるよ神凪様!」とかなんとか余計なこと言ったのは私ですすみません。

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