佐藤様から頂きました!「サカマツ」です。
※暴力的な表現がありますので、ご注意ください。




ジョウト地方では、今でも古風な仕来りを重んじる傾向がある。
彼の話を聞いた時、まるで籠の中の鳥を連想したのは間違いではなかったと思う。
らしくもなく空想がやたらと脳壁にこびりついては、それが現実と重なり合って削れ落ちる。
その破片に彼は曝されているのだ。
「……」
先ほどから一切の言語を閉ざした彼の口は強く唇を噛み締めている。口元には紅。
多少部下が手荒な真似をしてしまったようだ。それは詫びなければいけない。だが彼は会釈一つしない。
こうまで頑なにされると困惑を通り越して嗜虐心を擽られる。それを知って、気づいてそうしているのか。
穢れを寄せ付けない金髪、深い海のような蒼眼。
エンジュジムリーダー、マツバ。今尚、過去の柵に囚われているであろう彼。


今回のジョウト地方侵攻作戦においてその作戦が提案、可決された事は偶然であった。
カントーにその本部を、身を置いていたサカキがジョウト支部に突然として訪れたのだ。
円卓を囲んだ団員たちはすぐさま起立の姿勢を取り、直立不動。
サカキはそれらには一切目も呉れず、円卓上の書類を一瞥。すぐさまそれを容認した。
無論有無を言わさぬその雰囲気に圧されて団員はその作戦を素直に実行する他ない。
手足はどこまでいっても手足と言うわけだ。
そして、作戦が実行される。

さすが首領直々の命令というわけだ。連中がやけにしつこかったのはそのせいか。
マツバは口中で言葉を飲み込む。
眼前に見据えた男――サカキは悠然と革製の肘掛付き椅子に腰掛けている。
マツバは床に膝を折っていて、まさに捕らえた者と捕らわれた者の縮図。
ところがこの部屋の絨毯はやけに高級らしい。既に数十分が経過しようとしているが、今だマツバの足は痺れ一つ起こさない。あるいは修行の賜物でもあったかもしれない。
「……」
無言の弾圧は有言の弾圧よりも厳しいものがある。視線こそ交わそうとしないものの、まるで見えない言葉がマツバとサカキの間を交互に飛んでいる。
マツバの蒼眼とサカキの暗闇が交差しそうでそうならないのは、単純に目線の高さがあったからだ。
見上げる事は決してない。
先ほどの暴行を思い出せば、この男はやけに紳士的に映る。だが感謝の意などこれっぽっちもない。
「マツバ君」
サカキの方が先に口を開いた。
ギブアップなどではない事はすぐに解る。よもや巨大な組織を束ねる首領が、たった一人のジムリーダーの態度にその姿を崩すわけはないのだ。
だがまだそれはマツバの想定内の出来事。冷静はまだ保っていられる。
それでもどこかしら恐怖を感じずにいられないのは杞憂ではない。じくじくとまるでハブネークに睨まれたように体が竦んでしまう。ミナキならきっとノコッチ辺りだった。
「先ほどからずっとそうしているが辛くはないのかね。」
「……」
「修験者は、修行熱心だな。だが何もこんなところで修行する必要性もないだろう。」
「……」
「それとも君は単にこの状況に恐れて声も出ないか?ジムリーダーたる君が、たった一つの視線に射すくめられる様と言うのも中々滑稽ではないか。」
さすがのマツバでもかちんときた。だが言葉にはできない。
そのもどかしさが、自らの唇を噛み締めるという行動に繋がる。もどかしくてもどかしくてしょうがない。
が、それを飛び越えて言葉を紡いだところでこの男の毒牙はいとも容易くその言葉を噛み砕いてしまうだろう。
毒に侵された破片が飛んでくる、蝕まれそうになる……。
そんなマツバの葛藤をしげしげと眺めながらサカキは雰囲気も姿勢も崩さない。獲物のスキを伺っているのかもしれない。細められた目の奥には絶え間ない暗闇がある。
その暗闇が唐突なフラッシュバックに覆われて消えた。
「!」
椅子から立ち上がった。ただそれだけの動作なのに急にマツバは調子を崩される。
膝を折っているせいで目線の高さが違う、今マツバの目線はサカキの足を見ている最中だ。顔を見上げる事すら畏怖してしまう。
サカキの足取りが一歩、また一歩とマツバへ向かう。
気がついた時には高級そうなスーツの皺さえもよく見える位置にあった。
「エンジュジムリーダーマツバ。“千里眼”の持ち主。」
冷淡でいてかつどこまでも深い闇の声。冷酷だ。鋭利な刃物のトーン。これが奴の本質的な……。
「血筋はエンジュ古来からホウオウと根深い信仰のあった者達の末裔。
それも今では、ホウオウを見ることさえ叶わなくなった哀れな一族。」
マツバの、ぎりぎりと噛み締めた唇が血の気を失う。
「君は現存する一族の中でも類稀なる能力を持っているそうじゃないか。
そのうちの一つが、千里眼というわけだ。
君の腕もきちんと評価はしているつもりだ。ゴーストタイプの使い手、ジムリーダーである事。」
「……か……」
小さく擦れたような声だった。
サカキはスーツに酷い皺が寄る事も躊躇せず、その場に片膝を折った。わなわなと震えるマツバをほんの少し上から見やる姿勢になる。
垂れた金髪の隙間から、強い意思を持った視線が飛んでくる。初めて、視線が合った。
「“上辺か……”?続きはなんだ。」
だがその視線もすぐに外れた。マツバは俯き、再び、今度は絨毯を見つめる。
絨毯の色がくすんだ赤色だと気づいたのは今しがた。きっとそれは再認だっただろう、色を忘れさせるほどにこの男の存在が大きかった。認めたくない。僕は。
見つめすぎていた。視界はくすんだ赤色しか映していなかった。
急激に、かつ強制的に視線が上向きにさせられた時そこにいたのはハブネークではなかった。
「強固な意志だ。それは世界において最も重要なものの一つ。
だが私は全ての意思に対してそう思うわけではない。君のその意思は魅力的だな。
その意思も、眼も一緒に愛でてやろう。
私のものになる気はないか?」
有言の弾圧。
軋みそうな程に掴まれた顎に更に力が加えられる。口をこじ開けろと言わんばかりに。
だが今、マツバの瞳に過ぎるのは困惑の色ばかりだ。何を言っているのだこの男は。わけが解らない。
その色さえも容易くサカキは呑み込んでみせた。その凶暴さはハブネークから彼をバンギラスへと変える。
まさに悪そのものではないか。悪の体現、イメージ、それら全てが今マツバ一人に向けられている。
揺らぎそうになる。
恐怖と圧力がぎりぎりと体を圧迫する。
怖い。直感的にそう思った。
「マツバ君」
名を、呼ばれた。
サカキの目の暗闇に引き込まれそうになる、視線がどこまでも遠くまで伸びていく。
どんどんどんどん伸びていって。それが行き着く先などない。ないのだ。
「ほう。」
視線は留まった。引き返すことはなかったが、確実に留まった、止まった。
サカキは感嘆の声を漏らした。
「……」
有言の弾圧には、無言の弾圧かね。
そこにはマツバの、強固な意志を模した瞳があった。深い海は海面色に程近くなっている。
最早その瞳に弱さなどない。ただ只管に強いのだ。
「あくまでそうやって拒むのか。だがそれは私に有言の機会を与えているという事だ。
もっとも君風情に負かされるような私でもないがね。」
温和にサカキの表情が歪む。笑いにではない、ただ純粋に歪む。
状況そのものを弄んでいるようだ。マツバの顎を掴んだ手がその具現化であるような。
サカキは有言を続ける。
「なら一つ提案だ。
君の強固な意志は何時折れるのか、その瞳は何時になったら闇を齎してくれるのか。
君の大切なものを、一つずつ丁寧に奪っていこうか。」
「貴方はそうやって僕に服従を強いるつもりか」
初めてマツバがサカキにぶつけた言葉だった。
顎を持つ手を振り切り、ぎっとサカキを睨む。交わした、ではない、対峙した。
「貴方は僕の全てを支配したいのか」
「結果的にそうなってくれれば私は嬉しいよ。」
つまりそれは結果が良ければ後のことはどうでもいい、そう言っているのと同じことだ。
サカキの口元が逆アーチを、やんわりと描く。歪な逆アーチ。
「……酷い男だ……」
分が悪いのは一目瞭然だった。
手負いであった事がまずマツバにとって一番の重荷になった。姿勢を保っている間はそれほどではなかったが、いざ体を動かそうとすると節々に微々たる誤差が生じる。盛られた薬の事も思い出せばそれが抜けきらなかったように蘇ってくる。
別段体力に自信があったわけでもないが、それでもなくてもいいと言うものではない。
マツバは考えた。サカキの闇に突き刺した視線が折れないように睨みながら。
「(考えろ!……考えるんだ、サカキは……)」
「無駄な足掻きだよ」
サカキの声が鼓膜に響いて、ノイズに変わってマツバを苛む。
「君は私には勝てない。これ以上の足掻きは余計に君自身を追い詰めるだけ。
君は愚かではないだろう?ならどうする事が一番利巧か知っている筈だが?」
「僕は貴方が一番望んでいるものを知っている」
「ふむ。君を過大評価し過ぎていたらしいな。」
サカキの空気が揺らいだのをマツバは見逃さなかった。
考えた挙句に口にした“切り札、ジョーカー”だがそれは同時に諸刃の刃でもある。
場を変えるにはこれしかない。だがその可能性は極めて低い。ジョーカーとして扱うには非常に危険が大きすぎる。自らを窮地に追い込みかねない。だがマツバは賭けるしかなかった。
僕は賭けに勝ったのか?
「……貴方が求めているもの、それは……一人の少年……」
「……」
サカキが今度は黙った。無言の弾圧ではない、ただ本当に聞いているだけ。
「どうして貴方は彼を追い求める?いや、貴方はどうして彼を、彼は貴方の何なんだ?
貴方は彼の……」

言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
マツバは唐突に我に帰った。次いでじんとした痛みが頬全体を駆け抜けていく。
それは賭けに負けた証。
その代償は酷く鋭利で残酷、冷酷にマツバの視線をへし折って見せた。
「賢い男だ。だがそれに気安く触れた罪を、後悔するがいい。」
サカキのスーツ、多少皺の寄ったそれが再びマツバの眼前に立つ。
見上げれば無表情なサカキの表情がそこにある。捕らえられて離さない、離れられない。
「もっと君は利巧だと思っていたよ。」
スーツが飛ぶ。これまた高級そうな靴。
靴先がマツバの腹にのめり込んだ。
「ぐぅっ!?」
軽いジャブだった。だがマツバにとって一方的な暴力は激しい痛みしかない。
再度サカキはその場にしゃがみこんでマツバの金髪を持ち上げる。その痛みにマツバが顔を顰め、口の隙間からは声が漏れる。
「いっそ本当に、君の大切なものを奪おうか?」
強制的に合わされた視線にマツバは最早突き立てる意欲もない。ただ意思だけが己の瞳を守っている、覆い尽くしている。
掴まれた自らの金髪。決まって友人は綺麗だねと言ってくれる。
「それらを一つずつ君の前に並べようか」
色々な名前が浮かんでは消える。大事な友人ばかりだ。
彼らに手出しはさせない。僕は貴方を。たおさなければ……。
マツバはめげなかった。じりじりとサカキを睨みつづける。
だがそれさえも容易く呑み込んでしまう事。大きくぽっかり開いた見えない穴に飲み込まれる。
「君の前に並ぶもの。勿論それらは全て死体で、だ。」
「やめてくれ!!」
悲痛な声が上がった。
「……ふむ。君に対する見解を一つ訂正しておかなければいけないな。
もっと孤独だと思っていたよ。過去の柵に囚われているままの、籠の鳥。
……友人を持つと苦労する。君は彼らの知らない場所で、苦しみ汚辱にもがく事になる。」
「僕はっ……」
金髪を掴んでいた手が離される。顎を絨毯に打ち付ける、それほど痛くないのに腹が立った。
痛みに逃避する間も部に圧力がかかる。ぐっと。
その経験はなかった。あった方がおかしい。だが直感的に解った。服従を強いる時のとても簡単な方法。
「君はどこまで耐えられる」
「貴方は思ったより、定石的な人間だ」

更に加えられた力によって顔が絨毯に押し付けられる。
サカキの靴底は淡々と圧力をかけ続けている。





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管理人がブログに書いた駄絵駄文に佐藤様が肉付けしてくださいました!
いやはや、マツバさんとサカキ様の視線の会話・・・見事です・・・!!
表現や台詞回しも最高です。なんですか、この誇り高きマツバさんと鬼畜サカキ様は・・・!!
管理人、萌えすぎて死にそうです。
よもやこれほど素晴らしい作品に仕上げてくださるとは!
本当にありがとうございました!



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