落ち武者様よりミナマツ・・・ミナ?




落日

―虹色の翼は、今どこの空を飛んでいるのだろう。

 ザアッ…。風が辺りの草原を鳴らし続けている。
 エンジュシティの街並みと空が一望できる小高い丘の上に、マツバは腰を下ろしていた。幼い
頃からよく訪れていた馴染み深い場所で、最近ではジムリーダーとしての一日の勤めを終えた後、
家に帰る前に度々立ち寄っている。だからここで眺めるのは決まって夕刻時の空だ。
 日は静かに、ゆっくりと西へと―マツバのいる丘の直線上にある山へと沈もうとしていた。
 日中の青天が少しずつ水色へと変化し、山際に下がるほど日の光の色を強めていく。刻々と移
りゆく空の様子を、風で髪がなびくのもそのままに眺めていた。
「―マツバ!」
 突然後ろから呼ばれた自分の名前に少し驚いた。声の主である、ミナキの急な来訪に対してで
はない。いつもの呼びかけにしては気軽さがなく、叫びに近いような口調だった。
 風の音に、声が紛れるのを懸念したのだろうか。そう思いながら振り返ると、ミナキが怖い顔
つきで立っていた。
「…そんなに大きな声を出さなくても、聞こえるのに。」
「…あぁ、すまない。」
 ミナキはそう軽く謝って、マツバの横に歩み寄った。さっきとは別人のように表情を和らげて
いる。
 ミナキのマントがふわりと、柔らかくはためく。マツバは正面の空を眺めるふりをしながら、
目では隣にいるミナキの横顔を追っていた。
 別に謝らなくて良かったのに、と思った。そして―並んで座ってくれてもいいのに、と思わな
いでもなかった。
 マツバは自身の想いに戸惑いを感じた。ミナキが自分の元に訪れてくれたことだけで嬉しいの
に、そんな願いを抱くようになるとは。
 きっとミナキは、服が汚れるのを嫌っているのだろう。そう思い直してマツバは心の中でミナ
キへの願い事をそっと打ち消す。
 そのような願いを、決して口にしてはいけないと思った。もし一度でも口にしてしまったら、
きっとミナキを引き止めたくなる衝動が抑えきれなくなる。
 ミナキに、ずっといて欲しい。
 そう願う自分が、ミナキの夢を閉じ込める狭い籠になるのが怖い。
 それがマツバの正直な想いであった。
「まるで癖だな。」
 ミナキが唐突に話し始めた。ミナキがこちらを振り向くので、マツバは慌てて視線を空に戻し
た。
「…癖?何が?」
「気がつくとお前は、いつも空を見ている。」
「あぁ…そうだな。」
 この丘の上がお気に入りであるのも、空が広く見渡せるからだ。
 己の器の小ささを思い知れば知るほど、あの雄大で美しい虹色の存在に、憧れずにはいられな
い。
 朝のまばゆい太陽の光の中に、晴れ渡った青空の雲の影の隙間に、果てしない漆黒の闇の中に。
 虹色の翼が見える気がして。見えない気がして。
「…どうして、空を眺めずにいられるだろう。」
「どこかで聞き覚えのあるフレーズだな。」
 思い出せないと落ち着かない、と言ってミナキが首を傾げて考え込む。
「ほらあれだ、確か…月を眺める姫君の話。」
「竹取物語?」
「あぁ、それだ。」
 探していた単語が見つかってミナキは満足そうだ。
「じゃ、僕は実は空の住人、なんてね。」
 ははっと笑って、ふと考える。
 空の住人ならば、会えるかもしれない。今の地上からは遥か遠い、虹の翼に。
 空の住人ならば、そっと見守り続けられるかもしれない。夢を追い駆ける、ミナキの姿を。
「―それも、いいかもしれない。」
 夕暮れの迫る空に向かって、そう呟いた瞬間―
 視界が、何かに覆われた。
 ミナキ、と思わず叫びかける前に視界を遮っていたのがミナキの両腕だと気づいた。
 マツバを、後ろから抱きしめていた。
「…ミナキ?」
 どう反応していいか分からないマツバに、ミナキは震えるような声で答えた。
「…頼む、冗談でも、そんな悲しいことを口にしないでくれ…。」
「…ごめん。」
 ごめん、ミナキ。
 心の中で繰り返し謝りながら、マツバはミナキの腕に手を添える。
 目線を後ろにやると、ミナキは地面に膝を突いている。
「服が、汚れてしまうよ?」
 恐る恐るマツバが尋ねると、ミナキは「そんなの構わん」とためらいなく言った。
「…マツバが、あの水色と黄色に染まる空に溶けそうに見えたんだ、だから…」
 さっきはつい、あんな大声でお前を呼んだんだ、と小声で続けた。最後のほうは誤魔化されて
聞き取りにくかった。
 抱きしめられているマツバは今、耳まで赤くしているであろうミナキの顔を見ることはできな
い。もし見れたとしても、きっと「夕陽のせいだ」と言うに違いない。
 しかしマツバには届いている。ミナキの感情が、心臓の鼓動が熱く早く高鳴っているのを。
「…じゃあ、隣で立っていたのは?」
「空に連れ去られそうになったら、捕まえて引き止めるのは私しかいないだろう?」
 ミナキはマツバを抱きしめ直した。
「ここにいてくれ、マツバ。私は必ずここへ帰ってくる。」
 ミナキはマツバの耳元に口を近づけ、そっと囁く。
 ―お前は、私が安心できる大切な居場所なのだから―

 
エンジュシティに灯りがともり始めた。
 ミナキの腕で縁取られた夕暮れの空は、泣きたくなるほど優しくて美しかった。
 

 


***
乙女マツバさんもさることながらミナキさん可愛いすぎでしょ・・・!!やべぇ・・・・!
落ち武者ちゃん素敵過ぎるよ・・・!
ちなみに落ち武者ちゃん曰く、「夕焼け空がマツバカラーなのに気付いて書いた」んだそうです。
わかるよ、わかりますよ!私も同じ事考えたことあるよ!
素晴らしい作品ありがとうございました!


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