落ち武者様から頂いた小説です。ミナマツですね。
ミナキの苦悩ミナキは悩んでいた。言うべきなのか、言わないほうがいいのか。
思い悩むあまり、風が草木を鳴らす音も聞こえず、晴れた空の青さも目に入り込んでいない。
今のミナキの関心は隣に並んで歩いているマツバだけであった。が、当のマツバは「風が気持
ちいいね」などと話しかけて微笑んでくる。その笑顔がミナキをさらに悩ませているとも気づか
ずに。
(その話題を振ってマツバの笑みが消えたら、私は一体どうすればいいんだ!やはりここは敢えて
聞かないべきか―…いや気になる。どーしても気になるーーー‼‼)ミナキの悩みの始まりは数十分前に遡る。
一緒に散歩でもと思ってミナキはエンジュシティにいるマツバの元を訪れた。
家の中は相変わらず静かで洗練された空気が漂っていた。人のいる気配が全くしない。しかし
気配がしないだけであって留守でないことがほとんどだ。
注意して室内を見回すと奥に一人足を組んで床に座り、瞑想に耽るマツバの後ろ姿が見えた。
気配を敏感に感じ取るマツバならミナキの来訪に気づいている筈だが、相手にしようとする素
振りを全く見せず、微動だにしない。
つまり「急用でないなら、今暫く待て」ということらしい。
このような対応には慣れているミナキはやれやれと軽い溜息をついて壁にもたれ掛かった。
昼間だというのに室内は薄暗い。窓から差し込む陽の光がマツバを横から照らす。金色の髪は
その流れに沿って輝きを放ち、すっと伸ばされた背筋にかかっている。まるで何百年も前からそ
こに座し続けている塑像のように美しい。
(―ん?)
マツバを眺めるミナキの視点が一点に止まった。
(な、何だあの上着の両横の切れ込みは?!!)
その服はマツバのお気に入りのようでミナキも見慣れている。今まであんなものはなかった。
見間違いである筈がない。
突如現れた謎のスリット。ミナキの体全体に衝撃が走った瞬間―
「待たせたね、ミナキ。」
マツバが振り向き、話し出した。
そして今、近所の緑豊かな散歩道を一緒に歩いている訳なのだが……。
常に修行に励んでいるためマツバの生活ぶりはほとんどと言っていいほど変化がない。だから
こそいつもと違う素振りがあると心配でいてもたってもいられない。
―例えそれが、上着のスリットの有無でも。
心配のあまり様々な思考がミナキの頭を駆け巡る。
(…あの切れ込みは修行中にできたものだろうか…とすれば、草木の茂みの深い所で何かが引っか
かった跡か?)
「…ミナキ?そんなところで立ち止まって、どうしたんだい?」
急に歩みを止めたミナキにマツバは振り返って呼びかけてみるが、考え込みモードに入ってしま
ったミナキの耳にマツバの声は届かない。
(それとも野生の巨大ポケモンに襲われて…何てことだ!マツバに怪我は?!)
突如両手を頭に当て横に激しく振り出す親友の姿にマツバは動揺した。
「ミナキ?!おい、何があったんだ?!」
(い、いやマツバに限ってそんなことは…も、もしかして私を含む全国のマツバファンへのサービ
ス…?!いっ、いやいやいやいや!何を考えているんだ私はーーーーーーーーーッ‼‼‼)
「…あ、スイクンが日向ぼっこしてる。」
ぼそっ。そうマツバが呟いた瞬間、ミナキは我に返った。…マツバを中心点に半径50メートル
ほど猛ダッシュで走り回った後に。スイクンマニアの名はダテではない。
しばらくして息を切らしながら戻ってきたミナキに対し、マツバは腕を組みにっこりと笑みを浮
かべて彼を出迎えた。
「言っとくけど、僕は嘘をついてないよ。『スイクンが日向ぼっこしてるかもしれないね、今頃どこ
かで』とはっきり最後まで言ったからね。」
「………」
舞台上の用意された台詞のように淀みなくしゃべられては、言い訳をする隙もない。いや、それ
以上にあからさまな作り笑顔が何より恐い。
「ところでミナキくん。」
サファイアブルーの瞳がきらりと冷たく光る。
「人を散歩に誘っておいて話をろくに聞かず、それでいてスイクンという単語を発した途端に別れ
の挨拶もなしに走り去る人間について、君はどう思う?」
二人のいる周辺の木々を激しく揺らす強風が舞い上がったのは、果たして自然によるものか。
(お、怒ってる怒ってる怒ってるぅぅぅ‼‼しかも腕からゲンガーのいるモンスターボールチラつか
せてるし!)
身の危険を感じたミナキは覚悟を決めた。
「ち、違うんだマツバ!それもこれも、お前に聞きたいことがあったからで!」
「…聞きたいこと?何だい?」
マツバは腕組みを解き、モンスターボールを元の位置に戻してミナキに話を促す。
身の安全が確保できたまではいいが、どう尋ねたらよいものか。
「その…だな、今お前の着ている服なんだが…」
このタイミングで、いきなりマツバが冗談を飛ばした。
「何、欲しい?」
(欲しい!!お前の物なら何でも……って違ーーーーーーーーーーーーう‼‼‼)
ガンガンガンッ。
揺れる木々。慌てて飛んでいくポッポの羽音。そして木屑がパラパラと落ちるミナキの額。
ハンカチで痛む額を押さえつつ、ミナキは話を続ける。
「そうじゃなくてだな…。その…服の裾の」
「あぁ、これ?」
マツバは例のスリット部分を片手でひらひらとして見せる。一瞬、マツバの表情が曇った。
(や、やっぱり触れて欲しくないことだったのかっ?!)
ミナキの背筋に緊張が走った。しばしの沈黙の後、マツバがぽつりと呟く。
「…服のシワが、なかなか取れなくてね…」
「………え?」
理解不能に陥ったミナキに、マツバはジェスチャーを織り交ぜながら説明しだした。
「洗濯し終えて外に干すときに、こう服を両側に広げてパンパンしてたら破けてしまったんだ。で
もその破れ具合が気に入ってね。それに沿って裾を縫い直してみたんだけど。」
ちなみにその針仕事はマツバ自身によって、世の母親顔負けのスピードと正確さで行われた。
身構えて聞いた割には予想外なほど単純なスリットの由来。しかしミナキにとってはマツバ自身
に何事もなかったことが何よりの朗報であった。強張らせていた顔の筋肉が一気に緩むのが分かる。
「そうか…」
良かった、と安堵の息を漏らすミナキの様子にマツバは疑問を抱いたらしい。
「…もしかして呆れてる?やっぱり変かな。」
「へ、変じゃない変じゃない!!むしろとてもよく似合っているぞマツバ!!」
ミナキが力のあらん限りスリットの存在を肯定すると、マツバは金色の髪を揺らして微笑んだ。
「ありがとう。…ミナキが気に入ってくれたら、僕も嬉しい。」
ぐはぁっ。
心の叫びとともに、ミナキは仰向けに倒れ込んだ。
空は高く青く、澄み渡っていた。
***
読んでて何やらニヤニヤしてしまいました。なんなのこの天然まっつんと可愛いミナキュンは・・・!?
妙に懐かしい気持ちになったのは私だけでしょうか。久しぶりにこういうのを読んだ気がします。
最高だよ落ち武者ちゃん・・・!!素晴らしい萌えをありがとうぅぅぅぅ!!
戻る