サイド様に恐れ多くもリクエストしてしまいました・・・!!
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『朝倉侘芯に垂れる雫』


その冬、僕は初めて彼の涙を見た



「どれにしますか?」


言われるがままに用意した皿を彼に手渡して隣へと座り込む。
冬だというのに大して服を着込んでこないさまにちょっと驚いた。
北の大地より少ないとはいえここも今の時期は雪が降る。
今朝も降ってたみたいだからまた積もったんだろう。初雪は7寸くらい積もった気がした。
雪掻きを誰かがしてくれた後だったから足が凍るようなことはなかったけれど。
そんな中をほとんど素足に踵が高いだけの靴と薄いコートだけなんて、ホウエンはどれほど温暖なんだ。
縦に長い列島からほんの少し先に行っただけなのにこうも気候が違うのかと思いが巡る。


「すごい・・・なんかきらきらしてる、これ」
「前もって好きなものを聞いておけばよかったんですけどね。
とても綺麗だったんで、ほしくなっちゃって」


開け放たれた真っ白な箱の中には甘い洋菓子。
それを綺麗と形容する彼の周りに僕の手持ちがふわふわふわふわ浮かんでいる。
美味しそう、じゃなくて、綺麗。そもそも僕とは食を見る観点が違っている。
見るからに高級そうなケーキは背の低い卓袱台に何となく不釣合いな気がした。
(実際高級なのかもしれない。底の銀紙にも模様が書いてあるし。
なんて書いてあるんだろう・・・英語とも少し違うような文字だ)
光を受けて輝いているお菓子に釘付けになっているのは僕も僕の手持ちも同じこと。
一応僕がどれを選ぶかのを待っているみたいだった。
均等に、1ミリもズレることなく均等に切り分けられたケーキを前に。
頭上に浮かぶゴースたちを見上げると、応えるかのようにキシシと笑う声がした。
早くよこせと言いたげに彼の首周りをくるくると飛び交うムウマにくすぐったいですよと言う。
嫌がることなく一緒にじゃれてくれるミクリを、僕の手持ちは皆快く受け入れていた。
悪戯に逐一微笑を浮かべて、「それならこれはどうでしょう?」とその上を提案するくらいだ。
彼に会うたびに、悪戯のレベルが上がっていくのは言うまでもないこと。
まぁ、その悪戯の提案は僕のいる前でしかされないんだけど。
少しだけ困った顔をすれば、子供のように散り散りになって壁や床に溶け込んでいく。
宙に浮いたケーキと共に消えたかと思えば遠くのほうでまたキシシと声がした。
悪戯好きがゴーストタイプの性とはいえこのままじゃ僕も悪戯に引っかかるようになってしまう。


「ゴメン、付き合わせて」
「いいえ、面白い子たちばかりですから」
「ホント、愉快すぎるくらいだ」
「いいことだと思いますが」


2つに減ったケーキをそれぞれの間に挟みながら僕らは向かい合う。
今はもう止んだ雪が雑音を吸い込んで、僕らが少しでも黙り込むとそこに残っていた言霊を食らい尽くしてしまうように辺りから音がなくなっていく。
そんなだから僕を見つめる彼の視線を邪魔するものはなくて。
雪が見たいからと開け放したままの廊下、そして縁側の戸。
焼けてしまいそうな雪の光が僕らの顔半面を照らす。どんなものよりもさりげなく、ひたひたとも音を立てず。


「ミクリ」
「はい」
「・・・・・・何かあったのか?」
「いえ、何ということはないんですが・・・ちょっとした報告に」
「報告?」


えぇ、と短く切った返事を耳に残す。
余韻はすぐに消えてしまうから、聞き漏らさないようにしないと。
紅茶に一度口をつけて、それからまた離した。僕も倣って一口含む。
誰かと一緒じゃなきゃ味わうことのない風味は、いつまでたっても慣れない。
出来ない印象の強かった正座を崩すことなく、真っ直ぐと伸ばした背筋で彼は冷気の中僕へ声を放った。






「この度、先代に代わりホウエンリーグチャンピオンの座に就くことになりました。
各地には通信でお伝えし了承を得たのですが、あなたにはこうしてちゃんと伝えたかったんです」
「チャンピオン? 君が、」
「えぇ。私が、です」


意外でしょう?とフォークを刺し込みながら気持ち右に首を傾げる。
傾げたいのは僕のほうなのに。一体いつリーグに挑戦していたんだろう。


「ジムは?」
「私の師が後任に就きます」
「なんでまた?」
「なんで、ということもないですよ。ただ、交代しただけです」
「だって、今まではダイゴくんがチャンピオンだったんだろ?
なんでいきなり君に代わったりする?バトルしたなんて聞いてもいないし」
「えぇ、確かに試合はしていませんね。彼と戦ったのなんてほんとうに、前のこと・・・」
「病気?怪我?」
「ふふふ、そういった理由じゃないですよ。ただ、」
「ただ?」


庭の侘助が身に積もっていた雪を払った。
落ちた雪は真っ平らな白の上に同じ色の丘を作ってそれきり動かない。
はく、と砂糖が光る苺を口へと運ぶ。
煌きに閉じ込められた果実は瑞々しさを損なうことなく甘酸っぱさを広げていく。


「探したいものがあるそうですよ」
「探したいもの?」
「とても、大切なものだそうです。それが何かを教えてはくれませんでしたけど」


困ったひとですよね、とミクリは笑う。随分と奇妙な微笑だと僕は思った。


「それで、僕のところへ?」
「えぇ、ご報告を」
「・・・・・・それだけ?」


僕は少しだけ目を細めた。
何かを疑うときの癖を隠すこともなく僕は目の前にいる恐ろしく華奢な肩の持ち主を見つめる。
コートについているフードがなくなった今、ひょっとしたら僕より薄着なんじゃないかと思うほど。
そんな彼も含めて色々なひとたちに華奢だと言われる僕も僕だけど。


「これは、僕のカンだけど」
「?」
「他に、僕に聞きたいことがあるんじゃない?」
「・・・・・・・・・」
「直接言いに来てくれたことは嬉しい。でも、本当にそれだけ?
何かもっと、違うことを話しにエンジュまで来たんじゃないのか」


彼の浅葱に似た色の瞳が僕を捉える。鏡で覗いた僕の瞳は紫色をしていた。交じるその色。
つい、とずらされた視線は庭へ。
侘助の佇むだだっ広い空間。白の中、いくつもの赤い蕾。それは、と口を開く。


「お願いがあるから・・・ですかね」
「お願い?」
「はい。 ・・・・・・大変失礼なことかもしれませんが」


雪の重みに耐えかねて震える蕾が見えた。
吸い込む大気は肺に刺さるように冷えている。
明るい雪の中で見るミクリの顔、髪、瞳に映る僕自身。




「一緒に待たせていただきたいな、と」


湯気の筋が減った紅茶を一口含む。ストレートのそれはミクリ曰くダージリン。
棚の中にあったのをいくつか引っ張り出して選んでもらった葉のひとつ。


「自分でこの立場になってからこんなことを言うのも変ですが・・・なんだか落ち着かなくて」
「チャンピオンが?」
「それが責任を感じているからなのか、寂寥なのかはまだ私にはわからないのですが。
恐らくは後者、なのでしょうね。
同じ境遇のあなたのところにこうしてやって来てしまった。・・・今のが、少し失礼だったかと」
「・・・・・・・・・」






「寂しがり、なんですよ。きっと。でも」
「でも?」
「・・・ひとりでいたら、寂しくて泣き止めなくなってしまう気がして」
「・・・・・・・・・」
「だから、あなたにお願いに来たんです」







侘助に積もった雪が融けるまでの間、





「少しだけ、ここで待っていてもいいですか?」





冷えた大気が振動する。
切ってしまえそうに張り詰めているのに彼の声は酷く揺れていた。
気がついたら僕は俯いていた。
落ちた視線の先には艶を持つ洋菓子、卓袱台の木目、彼の白い指先。
そして今一番見たい顔が浮かぶ。







一緒に、か。








「いいよ。 ・・・・・・一緒に待とう」





そんな待ち方もあるのならと、僕は顔を上げる。


その拍子に僕らの頬へ雪解けが走って、軌跡は砂糖と同じ艶を持った。
赤い果実が酸いせいだと示し合わせる僕ら。








世にも奇妙な待つふたりが、違うふたりを想って泣いた。









fin.


***
サイド様に「ミクリさんとマツバさんを絡めて下さい」と
恐れ多くもリクエストさせて頂いたところ、こんな素晴らしい作品が・・・!!アワワ!!
ミクリさんとマツバさんの切ない心情・・・!何処となくに似通った二人に物悲しさを感じます。
ケーキやゴーストたちの描写もとっても良くて・・・。
素敵な小説をどうもありがとうございました!!感激です!!


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